フェレットの脱走から捕獲まで(Side B: ユンちゃんの大冒険?)

ユン(フェレット)が本棚の隙間に登って、正面からカメラを見ている様子

図1.  高い本棚に登って博論資料をぐちゃぐちゃにするユンちゃん

 うちのフェレット(ユン、1歳7ヶ月、ホールデン、1.1kg)が、自宅マンション2階の窓を開けて飛び降りて(落ちて)、脱走した。約24時間後、無事に捕獲することになるのだが、その間の記録を書き残して公開することにした。

 フェレットの脱走にかんするニュースは、ときどきツイッターで見かけることがあった。そこに書かれた経緯などにはざっと目を通してきたものの、率直なところ「フェレットを脱走させるなんて飼い主にも甘いところがある、早く見つかればいいけれど」といった程度にしか思っていなかった。それが、まさか自分の身に起きてしまうなんて!

 フェレットが脱走してしまったときにどうすればよいか、限られた時間のなかで調べられるかぎり調べた。ツイッターでは多くのひと(ほとんどはフェレットの飼い主)からTipsをもらった。ペット探偵に依頼して、重要なアドバイスをもらった。そして実際に捕獲に成功するにいたるのだが、これらの経験を記録しておこうと思った。もちろんフェレットを脱走させないことが飼い主の責任ではあるのだが、そうはいってもフェレットの行動には人間の予測を超えるところがある。個体差の大きさも無視できない。実際、うちに4人いるフェレットのなかでも抜群の運動能力と体力を兼ね備えたユンちゃんは、私の思い込みを裏切って脱走してしまった。

 

窓とその左にカーテンが見える。窓は地面から60センチほどの高さにある

図2.  ユンが脱走した窓(地面から約70センチの高さにある)

 

 以下では、時系列に沿って記録を残していくこととするが、最後まで悠長に読んでいられない飼い主もいるだろう。そういうひとのために、「フェレットが脱走した直後にすべきことをまとめた要約」を書いておく。私がいちいち号泣する場面など読まなくてもいいから、フェレットが脱走して困っている飼い主はこれだけでも目を通してほしい。

 

 フェレットの捜索は、時間とのたたかいである。探偵は長期戦を覚悟すべしと忠告するが、餓死する可能性は低いと言ったって、いつ事故に遭うともかぎらない。暑さや寒さ、雨で、体力は少しずつ奪われるだろう。人間からひどい扱いを受けるかもしれない。なにより、脱走してから時間がどんどん過ぎていくということは、フェレットの移動範囲が次第に広がっていくことを意味する。そうなると捜索の範囲を拡大しなければならない。(嫌がらせばかりする)警察とちがって、多くの市民は捜索のプロではないのだ。

 一刻も早く、あらゆる資源を動員して捕獲体制を構築するべきである。ここでいう捕獲体制とは、脱走拠点の周囲の人びとにチラシを撒いてポスターを掲示し、理解と情報提供の協力を得ること、そしてひとりでも多くの友人・知人に助けに来てもらうことを指す。そのうえで、脱走拠点の周囲のなかで、フェレットが潜伏しそうな箇所を、なるべく多くの人たちで(字義どおり)しらみ潰しに捜索することが肝要である。

 何を差し置いても用意すべきものは、チラシと懐中電灯(iPhoneのLEDでも代用可ではあるが、やはりあったほうがよい)である。

 

 さて、ユンちゃんの大冒険から得られた教訓を要約すると上記のとおりだが、以下では脱走の発覚から捕獲後までの経緯を時系列にしたがって書いていきたい。

 

 2023年3月17日(木)21時、宿泊先のホテルのベッドのシーツに青い字で「SOS」と書かれているのを見かけてしまった。ちょうどそのころ、寝る前のお供にBLを読む代わりにホラー小説を読む日々を送っており、「SOS」の文字を小説のくだりと関連づけて身震いを感じたが、やや滲んだ青色でしかし力強く書かれた「SOS」は見なかったことにして、その日は眠りに就いた。翌朝(3月18日)早朝5時に目を覚ますと、WeChatに着信履歴が残っていた。東京都三鷹市の自宅に住み込んでフェレットのケアをしてくれている友人からの着信だった。メッセージではなく着信である。嫌な予感があった。早朝だったが、すぐに掛け直した。相手が出る。そのときの会話を要約すると次のようになる。

 

 ユンが夕方ごろ2階の窓から落ちて逃げたと思われる。ちょうどフェレットがひとり通り抜けられるくらいの隙間が開いていた。ユンがじぶんで開けて外へ出た(落ちた)とみられる。隣の部屋の小学生の娘さんたちが19時ごろ、マンション1階の正面玄関でフェレットを見かけて遊んでいたところ、指を甘噛みされた。たまたまそこを通りがかったおじいさんが大声を出してフェレットを追い払ったという。ユンに怪我があるかどうかはわからないが、目撃証言から、少なくとも動ける状態にあることはまちがいない。ペット探偵に依頼しようと考えている。

 

 衝撃が大きく、怒りと絶望に打ちひしがれる。ユンが脱走? 窓には注意しろと言ったのに? しかも2階の高さから飛び落ちた? それで無事でいられるはずがないじゃないか(図3)。ユンにもしものことがあったら、と想像したところで号泣してしまう。

 

図3.  自宅マンション2階の窓(プライバシー保護のため編集済み)

 

 しかし問題は、私がその日の午後4時過ぎにならないと東京に帰着することができず、それまではケアをお願いしたふたりの友人に遠隔で指示を出して協力してもらうより他はないという事実である。

 そこで、ふたりにはチラシの作成を依頼した。必要な情報と写真はWeChatで送った。情報提供先として私の携帯電話の番号とツイッターアカウントの情報を載せることとした(結果的に、電話番号をつうじて決定的となる情報が送られてくることになる)。チラシにフェレットの性別情報なんか不要だし、日本語が第一言語ではない友人が作成した情報には誤字もあったが(私の名前の漢字もまちがっていた)、一刻も早く配布することを優先させてこれ(図4)を暫定版とした。

 

図4.  ツイッターに投稿したチラシの画像(一部編集を加えた)

 

 私のほうは、ツイッターを使ってユンが脱走した旨を報告することとした(図5)。複数あるアカウントのなかから主に利用しているもの(いわゆる「本垢」)を選んだのは、単純にフォロワー数がもっとも多かったからである。情報の拡散が果たしてどれくらい意味をもつのかは率直なところわからなかったが(結果的に、ツイートを見て捜索に来てくれた友人のひとりがユンを発見することになる)、遠隔地にいる私にできることはかぎられていた。ツイートに番地まで住所を書くことにためらいはあったが、ユンの命には換えられないと思った。フェレットが犬や猫のように遠くまで行かれるとは思えない。だからこそ番地、というか、正確には「このブロックのあたりにいるかもしれない」というピンポイントの特定が肝要と考えたのである。

 

図5. ツイッターに投稿した情報(編集を加えて住所は隠した)

 

 一方、ツイッター本垢ではフェレット関係の友だち(片手で数えられるほどしかいないが)とほとんど繋がっていないため、彼女たちと実際に繋がりがあるインスタグラムのストーリーにも同じ情報を掲載した。

 その結果、ユンが行方不明になったことを告げるツイートはリアルの友人たち、大学の関係者や学生たち、フェレットの飼い主たちの手でいっきょに拡散されていった。積極的に拡散してくれたひとの中には出版社や大学の公式アカウントもあって、そのことに申し訳なさを感じるとともに協力してくれたひとの思いが胸のなかに積もっていくようにも感じられた。リツイートを見かけるたびに泣きじゃくった。

 次にしたことは、関係各所への迷子の申し出である。警察には夜のうちに報告済みと聞いていたから、動物愛護センター保健所に問い合わせをした。迷子掲示にも書き込んだ(*)。ツイートで教えてもらった「迷子フェレット見つけた実例【るぅちゃんお帰り】探し方やった事を検証!」も読んだ。ほかに、夕方になって落ち合ったペット探偵からは、市役所の動物事故担当に連絡した方がいいと言われた(が、私がそれを聞いた時点ですでに役所が閉まっている時間帯だったので、結果的に連絡しなかった)。

 

(*)書き込んだ迷子掲示板は以下の四つである:

https://lostpet.jp/

https://petmaigo.net/maigo

https://searily.jp/

https://vets.ne.jp/

 

 ふたりの友人たちが見つけてきたペット探偵は、朝のうちに自宅に来てくれるという。そのときの私は極度の混乱状態と不信感にあって、どうやって見つけてきたとも知れない探偵よりは、自分でグーグル検索して見つけたフェレット専門の探偵に依頼したいと考えた。しかし私が探した探偵からは、二日後まで予定が埋まっていると告げられたため、かれらが見つけてきた探偵にお願いすることにした。とりあえず6時間の実働契約である。そのときはユンが見つかるなら、なけなしの貯金をすべて投げ出してもかまわないと思ったから金額を聞かなかったが、6時間で4万円弱(前払い、銀行振込)を支払ったとあとで聞かされた。

 オンライン上で私のツイートが拡散されているあいだ、ふたりは自宅のプリンターでチラシを大量に印刷して(購入したばかりのプリンターはBrother製の高性能機種で、たまたま用紙もインクもストックがたくさんあったのは幸いだった)、大量にばら撒きながらユンを探す作戦に移った。まず、自宅周辺を捜索しながら道ゆくひとにチラシを渡して情報提供の協力を依頼した。次に、自宅の両隣の工事現場と農場で働く労働者にもチラシを配布して、工事現場の仮設トイレにはチラシを1枚掲示させてもらった。さらに自宅マンションのすべての部屋を直接訪問して協力を依頼して、チラシを配布した。自宅周辺のレストランやマンション、一戸建てもあたって、かれらはポスティングを続けてくれた。

 

 15時半、私は東京に到着した。道中の山手線や京王線の車内では声を殺してむせび泣いた。移動の間、職場の同僚で、心から信頼できる数少ない友だちAに連絡して、もしできればうちに来てほしいとお願いした(もともと朝のうちにツイートを見てくれたAは、仕事がひと段落ついたらおうちまで行けると申し出てくれていた)。とにかく心の支えがほしかった。Aにハグしてもらって、安心して泣くことのできる時間がそのときの自分には必要だった。「ユンはぜったいに探し出す」と何度も口にしていたが、いっぽうでは無理かもしれないという不安も大きかった。クソみたいな日本社会でゲイとして生きる自分が「幸せ」になる道はなく、そんななかでフェレットたちが私の日常生活をよろこびや楽しみ、怒りやかなしみといった豊かな感情で彩ってくれる重要なバディであるという事実を深く理解し、泣かせてくれるひとが、欲しかった。実際、Aと自宅で落ち合った私は、ひとしきり泣きじゃくることになる。

 

 予定どおり16時半には、自宅に到着した。ふたりは道ゆくひとにチラシを渡しながらユンを捜索している最中だった。私は荷物を部屋に置き、荒れ果てた部屋には目をつむって(「古い賃貸の部屋で、物も多いなりに、きれい好きな私は毎日掃除や整頓を欠かさなかったというのにいったいこの雑然とした様はどういうことだ!」)、すぐに外へ出た。そこで探偵と落ち合った。

 探偵のアドバイスをまとめると、およそ次のようになる。

 

 フェレットはもともと捕食する動物だから餓死するというケースは、ほとんど見たことがない。しかし穴を掘ったり、建物の隙間に入りこんだり、近くの工事現場や農園に入りこんだりすると、探すのはとてもむずかしい。天気予報では夜から雨が降るようだ。そうなると、しばらくはユンちゃんも身動きをとらないかもしれない。脱走したその日のうちにフェレットが見つかるケースは稀である。むしろ長期戦になることを覚悟して、あまり心配しすぎることなく、捜索をつづけたほうがよい。

 ユンちゃんのふだんの生活(朝と夜に起き出して活発に動きまわる)から、昼間は寝床で休んでいる可能性は大きい。勝負は動きはじめる夜だろう。ただし暗闇で探すのは容易ではない。懐中電灯が必須である。電池式のものではなく、充電式で、強力なものがおすすめである(ブランドをたずねると「GENTOS」製品が安心と教えてくれた)。また、ユンが移動するかもしれない場所にあたりをつけて、動体検知カメラを設置しておくとよい(無料で一台貸し出してくれた。動体検知カメラのおすすめブランドをたずねると「塚本無線」をすすめてくれた)。

 チラシのデザイン(図4、上掲)がよくない。もっと目立つ色(黄色と赤)を使い、かつ雌雄の別や年齢や名前は省略してよい。そのぶん写真を大きくするべきだ。「謝礼をお支払いします」とは書かない方がよい。謝礼目的の詐欺に遭遇するかもしれない。もし余力があるならチラシは作り直した方がよい。チラシを印刷するなら、自宅用でなく業者用のプリンターを使用したほうがよい。近くのセブンイレブンでカラープリントし、それを大量にカラーコピーすることをすすめる。

 いずれにせよ、雨のなかユンちゃんが動き回るとは考えられない。それよりは雨上がりに、ユンちゃんがお腹を空かせたころを狙って私(探偵)をもういちど呼び、捜索をつづけることをおすすめする。それまではひたすらチラシを撒くこと、情報提供を呼びかけることをつづけ、ユンちゃんが潜伏する場所を特定してその近辺を集中的に捜索するといったアプローチを取ったほうがよい。


 探偵からの忠告は、ざっとこのようなものだった。そして探偵と会話をしている最中か、もしくはその前だったかもしれないが、私の携帯にSMSが届いた。ユンの目撃情報である!

 SMSには「昨日夜、自宅近辺でゆんくんを見かけました」とあった。ありがたいことに、住所を番地まで明記してくれていた。そこは、うちの隣のブロックではあったが、マンションをひとつ挟んでもうひとつ奥にあるマンションの敷地内だった。そしてSMSに添付された写真には、変わり果てたユンちゃんの姿がたしかにあった(図6)。もともと白かったユンちゃんの毛はところどころ汚れ、極度に怯えたときにしか逆立たない尻尾がひどく逆立っている。写真を見て、またしても号泣してしまうが、しかしなによりも貴重な情報である。

 

 

図6.  SMSに添付されたユンの写真(建物の様子がわからないよう編集した)

 

 情報提供者がチラシを受け取って(どこで見たかは書かれていなかった)、SMSを送信してくれた時点で、目撃時点からすでに16時間以上が過ぎていた。ユンがまだそこにいるかどうかはわからない。しかしそれが最新の情報であることにまちがいはない。そこで、ユンが目撃されたマンションの敷地内を隈なく探してみるが、その姿はついに見当たらなかった。

 そうこうしているうちに、ツイートを見かけた友人Bが駆けつけてくれた。挨拶もそこそこに「近くをしらみ潰しに探してみます」と言ってくれるので、情報提供のあったマンションまでBを案内して、捜索をお願いした。

 この時点で、私は長期戦になることを覚悟して、友人Aにチラシの再作成を依頼した。探偵からのアドバイスを参考に、Aが作成してくれたチラシが以下である(図7)。探偵の忠告を見事におさえたデザインに仕上がっている!

 セブンイレブンへプリント・コピーしに行くと言ってくれるAに「300枚くらいお願い」する。分量の目安が検討もつかなかったので数字は適当であるが、とりあえず二日分くらいのポスティングに必要と思われる数を見込んで依頼した。

 

図7.  友人Aが再作成してくれたチラシ(お手本のようなデザインである)

 

 その間も、捜索の協力を申し出てくれるひとたちからの連絡が絶えない。私は一方で、スマホでそれらの一つひとつに「お願いします。来てください」と簡単な返事をしつつ、友人Aが買ってきてくれた懐中電灯で捜索をつづけた。懐中電灯は探偵にダメ出しされた電池式のものであったが、iPhoneのLEDよりはずっと強力だった。

 しかし自宅マンション隣の工事現場や、情報提供があったマンションの隣のブロックにある墓地や農園に足を踏み入れたとき、「これはもう見つかるはずがない」と意気消沈してしまった。こんなだだっ広く、入り組んだ敷地のなかでフェレットを見つけるなんて、スマホを持たずに8月猛暑日サマーランドではぐれた友人を探すことのほうが、何億倍かんたんかわからない。見つかりっこない。

 ひどい吐き気をもよおし(朝5時からパンひとつしか食べてない)、悪寒が抑えられなくなり、いったんひとりで自宅に戻ることにした。マンションの下では、隣の部屋の子どもたち(昨日マンションでユンちゃんに遭遇したと情報をくれた子どもたち)が「フェレットちゃん」と口にしながらユンを探してくれている。甘噛みされて怖かっただろうに。泣きながら「ありがとう」と伝える。あまりの泣きっぷりに子どもたちを驚かせてしまったかもしれない。

 部屋にもどって用を足し、ユンちゃんの双子のバディのナギとその日はじめて再会した。ナギを胸に抱くと、涙が溢れて止まらなくなり嗚咽してしまう。

 

 そのときだ。携帯に着信があった。すぐに出る。

 「ゲンヤさん、見つけました」と友人Bの一声だ!

 Bは情報提供があったマンションの付近にいるという。私はすぐに自宅を飛び出し、途中で遭遇したふたりに「ユンが見つかった!いっしょに来て」と声をかけ、走って現地へ向かう。3分くらいの距離である。

 情報提供があったマンションの敷地内に友人Bの姿がある。Bが小声でささやくようにユンの場所を教えてくれる。ガサガサという物音を頼りに見つけたという。忍足でBに近づく。Bの持つiPhoneのLEDライトが照らす先に白い猫のような動物の姿が照らし出される。ユンか? ユンじゃない? いや、ユンだ!

 ユンが奥の方へにょろにょろと移動する。一戸建ての家と塀のあいだの細い隙間で、とても人間が入り込めるようなスペースはない(そのときはそう感じられたが、日をあらためて日中にうかがうとひとりくらいなら入り込む余地はあった、図8)。

 

図8. ユンが潜んでいた場所

 

 そこで、友人Bと、いっしょに駆けつけたふたりに、それぞれ少し離れた場所に待機してユンを見張るようお願いし、私は猛ダッシュして家の反対側へ回ることにした。どこかユンの姿が見える場所がないか探していると、私の目線よりやや低いところに柵がある(図9)。そこから静かにのぞくと、ユンと目が合った。

 

図10. 柵越しにユンと目があう

 ユンと目があった。

 ユンちゃん!と声をかけて手を差し伸べると、ユンが怯えた様子でとっさに後ずさりする。私のほうからユンに近づくことはできない。柵に手を入れられたとして、腕の半分程度しか入らない。ユンから近づいてきてもらうしかない。これは自分にしかできない仕事だ。

 ユンちゃんは、おそらく耳が聴こえないのだが、大きな声で「ユンちゃん」と呼び、目を合わせて手を差し出すと、向こうから走り寄ってきてくれる。これまで、そうやってユンと関係をつくってきた。ユンは臆病だけれど、好奇心はだれよりも強い。極度の緊張状態で私を認識してくれるかどうか心許ないが、だからといってこれまでの習慣がすべて失われてしまうとも思えない……というか、それに賭けてみるしかない。

 「ユンちゃん」

 もういちど強く呼びかけた。何度も名前を呼び、右手をそっと柵のなかに入れる。ユンが少しずつ、近づいてくる。ユンちゃん。ユンちゃん。

 ユンが、来る。もうすぐ私の人差し指にユンの鼻が届きそうな距離にいる。いましかない。

 

 左手をいっきに柵に入れ、ユンのからだを左側から鷲掴みにする。つかまえた!すぐに右手でユンの胸を掴み、しっかり握りしめる。ユンは全身を震わせるが、暴れる様子はない。「つかまえた」と叫んで、ふたたび号泣し、電話をかけて報告し、急いでマンションに戻る。

 セブンから戻ってきた友人Aとマンションの下で会う。その後、捜索に協力してくれたお隣さんの子どもたちにもユンの元気な姿を見せて報告しようと、インターホンを押してお礼を告げる。そして自宅にもどり、全身汚れきったユンを洗い、友人たちにお礼の気持ちを伝える。その後、神奈川から別の友人たちが大量の懐中電灯と合羽を持ってきてくれる。22時ごろにはまた別の友人がうちまできてくれて……

 

 さて、後日談を少しだけ。ユンを翌朝、動物病院へ連れて行った。触診と血液検査で異常は見つからなかった。捕獲から二日が経ったいまもユンは元気にうちのなかを走り回っている。いつものように、朝牛乳を飲む私のからだをよじ登って、牛乳の入ったコップをぺろぺろモグモグする。布団を敷くと、ナギやアメちゃんといっしょに大暴れしてダンスする。夜はケージに入って、ナギと抱き合いながら眠りに就く。

 

 以上が、ユンの脱走から捕獲にいたるまでの記録である。かいつまんだところもあれば、あえて書かなかったこともある。記憶ちがいもあるかもしれない。ただ、私にとってユンを捕獲するのに有益だったと思われるポイントを中心に記述したつもりである。もちろん、私のケースがすべてのフェレットに当てはまるとは言わないし、思わない。しかし初動が肝心であること、できるだけ多くのひとたちの協力を得ること(できれば実際にうちまで来てもらう、すべきことはたくさんある)、ご近所の理解と情報提供の依頼を徹底すること、そしてあきらめずに粘り強く同じところを何度も探しつづけることが重要であるとは言えるだろう。

 この記録が、今後だれかの一助になれば幸いである。

 

 これは私の捕獲日記だが、ユンちゃんの大冒険がどのようなものだったかはユンに聞いてみないとわからない。まったく別の景色が見えてくるはずだ。いつか物語ってくれないかなあ……

 

図10.  元気いっぱいのユンちゃん

 

 最後に、ユンちゃんと私たちのためにご協力をくださったすべてのひとに、厚くお礼を申し上げます。ツイートの拡散、アドバイスの提供、励ましをくれた友人や知人や知らないひとたち、仕事を終えて駆けつけてくれた友人たち、マンションの住人、近隣のひとたち、貴重な情報提供をくれたひとたち、探偵さん、脱走から捕獲まで奮闘してくれたふたり、助けてくれるよう祈りつづけたふうちゃん、そして「しらみ潰しに探してみます」といってほんとうに見つけてくれた友人Bへ、ほんとうにありがとうございました!

 ユンちゃんが無事に帰ってこられたのは、奇跡とでもいうしかない状況だったと強く思います。病院でも何度もそう言われました。二度と同じようなミスをしないよう、今後はより注意深く、責任をもってフェレットたちのケアに励みつつ、いっしょに生きていきたいと思います。

 

*繰り返しになりますが、ユンちゃんが無事に帰ってこられたのは奇跡の積み重ねでした。脱走したきり、いまなお返ってこないフェレットも少なくないでしょう。このエッセイはそうした状況に置かれている飼い主さんに対して、その責任を問いかけるものではありません。本稿では私の個別的な経験から得られた知見をまとめましたが、あくまで今回はたまたまこれでうまくいったにすぎないということは、最後に強調しておきたいと思います。